大桃の家から

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最近よく来ていただくレヴォン・ヘルム命のドラマーのかたと一緒に
 
ひさしぶりにこの名盤をすみからすみまで堪能いたしました。
 
ザ・バンドのデビュー・アルバム「MUSIC FROM BIG PINK」です。68年、キャピトルから出たファースト・プレス盤。マトリックスは3。ごく初期盤はジャケット右下のB.D.1968という文字がないのがあります。これがおそらくマトリックス1です。
 
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なぜゆえ名盤なのか?
 
一曲めからとんでもない!
 
カナダのアホ・ロカビリアン、ロニー・ホーキンス~過激なエレクトリック・ボブ・ディランのバッキングを経て、既にキャリアは10年を経過したが、いちおう「新人バンド」のデビュー・アルバムである。
 
普通は、高らかな悦びを詠うのが常じゃないのか?
 
それが、一曲めからグレた娘を案じ嘆くお父さんの唄だ。
 
2曲めは爺さんの訓示。
 
その後、A面の最後には人生の業について唄い、
 
唯一のカバー曲「LONG BLACK VEIL」は、言われなき罪をかぶせられ絞首刑にされた男があの世から嘆く唄。
 
最後には受け取る側がどうにでも解釈できる、ボブ・ディラン得意の放りっぱなしソング。
 
「おまえがどう捉えて、そしてどう動くかだ。解放とはなにか、自分で考えなさい」
 
と僕には聴こえる。
 
アルバムの中ジャケには
 
エリオット・ランディによるメンバーの家族を集めた写真が飾られた。
 
このアルバムの主題を端的にあらわす素晴らしい写真だ。
 
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スタインベック短編集のような、あまりにも出来すぎた11編の物語。
 
 
 
それを奏でる一人のアーカンソー出身のバリバリの南部人とアメリカの芳醇なルーツ・ミュージックに心を奪われた4人のカナダ人。
 
グルーブはファンキーで、そして恐ろしくあたたかくて
 
レイ・チャールズとボビー・ブルー・ブランドを足して3で割ったヴォーカル陣
 
確信犯で野心家の一人のギタリスト兼作家
 
おまけに、このバンドにいる意味がまったくわからないくらい異常なるコード・ヴォイシング感覚を持つ鍵盤奏者までいる。
 
プロデュースはアメリカのグッド・オールド・タイムな音楽をこよなく愛するジョン・サイモン。
 
で、出来上がった音は限りなく地味なのだ(笑)。
 
 
時は1968年。
 
経済大国アメリカでは、新しい価値観を求めるため躍起になっていたとき。
 
ベトナム北爆が価値観の見直しを迫っていた。
 
身近な人間たちが死に直面する可能性がある時代。
 
民主主義とはなにか。
 
生きるということとはなにか。
 
なんのためにこの世に生を受けたのか。
 
 
 
西海岸では、「精神解放」を求め、「ラブ&ピース」と「LSD」を使った新たな価値観を求めるヒッピー・ムーブメントが、所詮ミドルクラス以上の生活苦を経験していないやつらの戯言だ、というのがなんとなくわかり始めていた時。
 
 
そんな時、ボブ・ディランとこの5人の男たちは
 
アメリカという史上最大の実験国がこの世に生を受け、自然の厳しさと対峙しながら他の大陸からの「逃亡者」たちが必死に生き抜くために必要とした伝承歌を拠り所にして
 
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ニューヨーク郊外のウッドストックにある小さなほったて小屋をピンクに塗りたくり、
 
その地下室で毎日毎日「実験」を繰り返していた。
 
リヴィング・ルームには一台のタイプライターが置いてあって
 
言葉やフレーズを思いついた奴からどんどんそこに書き溜めていったそうだ。
 
そういった集団生活&作業が「ベースメント・テープス」とこのアルバムと、ザ・バンドのセカンドの3枚に結実している。
 
人のエゴとかの微塵もなく
 
ただただイイ唄を紡ぎたいという根本的な欲望
 
 
彼らはそれをあの時代に、家族の繋がりやハード・タイムスな生活の日常に求めたのである。
 
この地味なアルバムが音楽界に与えた影響はとんでもないもので
 
当時「アビーロード」を録音中のビートルズの面々
 
特にジョージ・ハリスンは強力に感化され
 
当時のセッションでは、
 
このアルバムの素晴らしさについて語りまくる寡黙なジョージさんと
 
なんと驚きのビートルズによる「THE WEIGHT」が記録されている。
 
スケコマシのエリック・クラプトンはロビー・ローバートソンに直接電話をかけ
 
「頼む、ロビー!!俺をバンドに入れてくれ!」
 
と懇願したそうな。
 
ロビーのコメントがイカシていて
 
 
「ごめん、エリック
 
うちにはもう既にギタリストが一人いるんだよ」
 
だって(笑)。
 
 
 
 
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そしてそれはただの夢物語に成り果てる。
 
結局のところ、一人の野心家:ロビー・ロバートソンは
 
メンバーも知らないうちに、バンドをショービズの世界に引っ張り込み
 
「ロック幻想」をマーティン・スコセッシという稀代の映画「編集家」の手助けで
 
「ザ・ラスト・ワルツ」という作品に結実させた。
 
リチャード・マニュエルがほとんど映らないこの演奏シーンを
 
僕は「ザ・バンド」とは呼びたくない。
 
 
 
でも、
 
少なくともこのファーストとセカンドには
 
音楽のもっとも美しい姿が
 
そして人間が生きていくという姿が
 
見事にパッケージされているのも事実なのである。
 
 
 
ほんの短い間かもしれないけど
 
 
音楽というフィルターを通して
 
人間のもっともピュアな部分が詰め込まれた
 
奇跡がここに存在します。
 
 
これがこのアルバムを「名盤」とする所以です。