ニューバランス

また買ってしまった。それも2足。
 
気がつきゃこんな有様(笑)。
 

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でも今年初。去年も1足しか買ってない。
 
 
10年以上前にサッカーやってて
内側靱帯と半月板損傷してから
ニューバランスしか履けなくなってしまった。
 
そのくらい膝にいい履き心地だ。
 
たまに持ってるドクターマーチンのブーツとか履いてみようとトライするのだけれど、ソールが固すぎてあっという間にガクガクになる。
 
たまには履きたいのだけれどなぁ・・・・
 
 
 
アディダスのスタンスミスやコンバースなんかも昔は履いてたけれど、もうあれも無理。
 
 
 
ちなみに自転車始めたのも膝のせいです。
 
手術したくないと言ったら
 
「そしたら膝周りを筋肉で固めるしかないね」
 
ということでせっせとチャリンコ漕いでるわけです。
 
 
 
当初は、歩いててもいきなり膝がガクンと抜けたりしてたんだけど、最近はそういうことはなくなった。
 
でも全力疾走は未だに怖くてできません。
 
 
 
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ニューバランス、新品で買うことは皆無で、セコハン・ショップやネット・オークションで探しては中古を買ってる。
 
上限は4000円まで。
 
ニューバランスはソールが剥がれやすいという難点があるのだが、何足かを履き回せば消耗が減る。なのでこの中には10年くらい履いてるものもある。
 
そう。私は物持ちがいいのだ。
 
 
後はネットで探す場合はきっちりとソールのダメージ具合をチェックすること。
これを怠ると安くてもすぐダメになるものをつかまされる。
 
 
はい。何度も経験してるので(笑)。
 
 
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20歳くらいの頃から古着のジーンズにはまり始めて
 
「ああ、俺、一生ジーンズとスニーカーで生きていきたいなぁ」
 
なんて思ってたもんだが
 
大学卒業後の4年間のサラリーマン時代以外はそうなってる。
 
 
 
良いことである(笑)。

毎日懲りない

仕事場からのチャリンコでの帰り道。
 
「明日の弁当はなに作ろうか?」って考えながら、途中スーパーに寄っていろいろ買ってね
 
大体家に着くのは20時前なんだけど
 
まぁそうすると20時半には呑み始めちゃってね(笑)
 
結局、好きなテレビ番組観たり
 
YouTube観始めたり
 
レコード聴き始めたりで
 
「ダメだダメだ!!」って急いで風呂入って
 
結局弁当作り始めるのは23時過ぎで。
 
それでも毎日5品は作ってるので褒めてください(笑)。
 
 
 
で、ちゃんと朝6時15分には起きて仕事行ってるので
 
しかしまぁ、毎日酔っぱらって同じこと繰り返して
 
飽きないのかというと
 
こういうのが自分の人生のサイクルなのだな
 
 
飽きもせず
 
毎日同じことを繰り返しているのであります。
 
 
 
 
反省?
 
毎日してるよ
 
 
 
 
でも
 
 
顔は笑ってるかも(笑)。
 
 

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やきとり屋さん

毎日酒は吞むのだが、外出て店で呑まないとどうにもストレスが溜まる。
 
別に誰と喋るわけでもなく
 
周りがざわざわしてたり、店の人が働いてたり
 
そういう風景の中にいるのが物凄く落ち着くのです、私の場合は。
 
ぼぉっとそんな様子を眺めたり、本を読んだりしてるのが一番のストレス解消法。
 
 
 
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このご時世で、流石にストレスマックスになってきたので
 
昨日は地元吹上のやきとり屋「若松屋」へ。昭和39年創業。
 
いつも行ってた「とりたき」は今年一度も店を開けてないのだ。
 
 
皆さん、ごめんね。
 
埼玉のこの辺は店で酒呑めるのだよ。
 
大宮とか浦和だと無理かもしれないが。
 
だから、休日の昼間の蕎麦屋とか中華屋さんは、各テーブル大宴会状態になってる。
 
 
そういやこの緊急事態宣言下でいたたまれなくなって
 
去年、遂にサイゼリア・デビューしてしまったのだった(笑)。
 
どこも呑み行くところなくてゼで白ワイン。
 
なかなかいいものだな。
 
 
そのゼも遂に酒提供しなくなった。ワインの店だよ。どうなってんだよおい。
 
 
 
でもこれからどんどん通常営業に戻るところ増えるだろうね。
 
行政のやり方無茶苦茶だもんね。もう持たないよな。
 
この10年くらいの悪政がこういう形で誰にもわかるようになったのは唯一良かったことかもしれない。
 
あとは皆さんが何をしなければならないのか。
 
もうお分かりですよね。
 
 
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松屋はいわゆる「東松山スタイル」。
 
なので肉は鶏ではなく豚肉。でも「やきとり屋」なのだ。
 
コの字型のカウンターに座るとまずはお皿が出てくる。
 
飲み物を注文すると、勝手にやきとりがその皿に置かれていく。
 
種類は豚のかしらとレバーの2種類のみ。
 
両方ともねぎ間である。
 
ちなみにどちらが出てくるかは選べない。
 
 
全てお店任せ(笑)。
 
これにカウンターに置いてある壺の中の辛みそだれと塗って食べる。
 

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「もうこれで結構です」というまで延々と出てきます。
 
なので長居はできません。1時間くらいだな居れても。
 
でもこのシステムは結構気に入ってる。
 
 
 
ウーロン割り3杯
 
やきとりはレバーが最初に1本出てきてそのあとはずっとかしらだった。なんというバランスの悪さ(笑)。
 
10本くらい食べただろうか。
 
 
ホント、久しぶりの外呑みだった。
 
1時間くらいだったけどかなりリフレッシュできました。
 
 
東京のみんな、ごめんなー。

ラーメン、そんなに好きじゃないかもな

facebookページに「埼玉ラーメン道場」というのがあって
 
登録して皆さんの投稿を眺めているのだが
 
皆様、ラーメン愛が凄い。
 
日本人ってラーメン大好きなんだね、ホントに(笑)。
 
 
 
近場で登場するラーメン屋さんはたまに行ったりするのだが
 
どうにもグッと来ないんだよなぁ。
 
不味くはないが、そこまで絶賛するものなのか、と。
 
そもそもラーメン好きじゃないのかもしれない。
 
 
 
 
 
麺類嫌いじゃないけど
 
外食して感動した麺類ないかも。
 
 
 
しみじみと
 
「嗚呼、染みるなぁ・・・」っていうのはある。
 
東京は花小金井の「うどん平作」はそうかな?
 
 
ラーメンに至っては
 
考えてみたら東京にいるときは年に1度食べればいい方だったので
 
それも決まって三鷹の「ハルピン」。
 
これで十分だった。
 
 
 
そう考えたら
 
埼玉に帰ってきて信じられないくらいラーメン食べてるかもな。
 
月に1回は食べてるわな(笑)。
 
一応気になるのでね。
 
 
 
まぁ、一番好きなのは
 
結局
 
自分で昆布と煮干しで出汁とって
 
最後に鰹節で味を広げて
 
醤油と味醂で味整えて
 
ネギと豚肉入れて
 
乾麺のうどん茹でて入れて
 
 
これが一番好きかもしれないなぁ・・・・
 
自分の好きな味にできるからね。
 
 
 
 
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今回、麵に言及したのは
 
そのラーメン道場に投稿された写真で一番インパクトがあったものが登場したので。
 
 
もう意味が分からん。
 
 
これ頼んで食う方も食う方だが
 
メニューにして作る側の意図もわからん。
 
 
 
食べ方がわかりません(涙)。
 
 
 

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ROGER HAWKINS

アラバマ発のサザン・ソウルを語るうえでとても重要なドラマー、ロジャー・ホーキンスが亡くなったということで
 
ここ3日は彼が参加したレコードをたくさん聴いてる。
 

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写真上左から
 
ARETHA FRANKLIN「I NEVER LOVED A MAN,THE WAY I LOVE YOU」
 
 
やっぱり「RESPECT」ですなぁ。リズム・ギターとの間の取り方ががたまりません。
 
 
ARTHER CONLEY「SWEET SOUL MUSIC」
 
表題曲の疾走感たら!!
 
 
THE STAPLE SINGERS「CHRONICLE」(ベスト盤)
 
一番好きなのは「I’LL TAKE YOU THERE」かな。
 
レゲエ・インスト、ハリーJオールスターズの「THE LIQUIDATOR」のリメイクなんだけど、ワン・ドロップをソウルミュージックに落とし込んだ画期的な作品だと思う。
 
 
 
TRAFFIC「THE LOW SPARK OF HIGH HEELED BOYS」
 
ティーブ・ウインウッド兄貴がホーキンス=フッドのリズムセクションに惚れ込んでバンドに入れちゃったブルー・アイド・ソウルの名盤。
 
 
 
アメリカが誇るブルーアイドソウルの偉人がスワンパーズを迎えてマルスショールズで録った事実上のファーストアルバム。
 
とにかく聴きまくったレコード。
 
TOTOと組んだAOR時しか知らない方はもう絶対これ聴いてもらいたい。
 
これ聴くとAOR時期も、実はこの人ぶれてないんだってよくわかる。
 
 
 
 
PAUL SIMON「STILL CRAZY AFTER ALL THESE YEARS」
 
 
この時期のポールさんのドラムはスティーブ・ガッドという印象が強いけど
 
表題曲と「MY LITTLE TOWN」はマスルショールズでホーキンス=フッドのセクションで録音してます。
 
 
 
CLARENCE CARTER「THE DINAMIC~」
 
 
まぁこれもよく聴くアルバムだが
 
もしかしたらこの時期だとバックはフェイム・ギャングかもしれない。
 
69年だからギリギリか。
 
僕の耳ではフリーマン・ブラウンとロジャー・ホーキンスの違いがはっきり識別できないので(8ビート以外は結構似てる)
 
 
もう一度、鈴木啓志著の名著「ゴースト・ミュージシャン」を読んで整理しなくちゃだなぁ。
 

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初めて本物のソウル・ミュージックを聴いたのは上京してすぐくらいだ。
 
アリーサやウィルソン・ピケットなんかを聴いて
 
「やっぱりブラック・ミュージックのグルーブは凄いや!!」
 
なんてのめり込んだものだが
 
まさかみんな白人だったとはねぇ。
 
知った時はもう驚いたのなんの。
 
まぁ、でもそこから聴き方(音楽の捉え方か)の認識がガラッと変わって
 
「色」じゃなくて「場所」とか
 
エルヴィス・プレスリーに対しても随分捉え方が変わった。
 
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最高のグルーブ・マスターの一人、ロジャー・ホーキンスさん。
 
この人の音に出会えて
 
確実に僕の人生は深くなりました。
 
これからも聴き続けます。
 
 

TONY JOE WHITE

トニー・ジョー・ホワイトの「新譜」をネットで注文した。
 
アナログ盤をアメリカから取り寄せるので、まぁ2,3週間後くらいか。
 
CDだったら明日には聴けるのにね(笑)。
 
でもね。やっぱりLPで聴きたいんですよ、こういうのは。
 
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生前のデモ音源に、ブラック・キーズのダン・オーバックがオーバーダビングして完成させたみたい。
 
悪いわけないよね。
 
届くのを楽しみに待ちつつ
 
今日はこれ聴いてます。
 
1971年リリースの「TONY JOE WHITE」ワーナー・パイオニア日本盤。音は意外と悪くない。
 
トニーさん、ものすごい数のアルバムリリースしてるんだけど、実は僕はこれしか持ってなくて
 
結構な愛聴盤なんだけど、そこから先にいかなかった。
 
でも、改めて聴くとニール・ヤング並みに揃えなくっちゃいけないんじゃないかと。
 
新譜次第で僕のトニージョー・ブームが来そうな気がしてます(笑)。
 
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彼の音楽を一言で表すとしたら「エグミ」なのかな?
 
僕は煮物をするときに灰汁を絶対に取らない。
 
灰汁は旨味の最たるものだから。
 
そのまま煮込み続けます。
 
根菜も皮むかない。そのまま。
 
そっちの方が深みがあるんだよね、味に。
 
トニー・ジョーの音楽もまさにそんな感じなんですよ。
 
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平日の結構な遅い時間に
 
鈴木の常さんから電話があって
 
あの人はいつも
 
久しぶりででも唐突に自分の喋りたいことだけを延々と喋るんだけど
 
その日は
 
「木下君よー。俺はトニー・ジョーになるよ。こんなカッコいい音楽ないよなー。エレキかき鳴らしてさ。これなんだよ、これ!!」
 
後日、家に遊びに行ったら
 
なんだかやたらとエレキギターを購入してて(笑)。
 
そうそう。
 
型から入る。
 
大事なことです。
 
そんなことを思い出したよ。
 
3年前の話。
 

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WAIL'N SKAL'M

いろいろあって今日はこのアルバム聴いてる。
 
日本が世界に誇るオーセンティック・スカ・バンド
 
スカ・フレイムスの2nd
 
「WAIL'N SKAL'M」
 
1993年リリース。28年前!!!そんなに経つんだ。
 
凄く好きなんですよね、このアルバム。
 
音がデッドでいいんですよ。
 
無茶苦茶いい音です。
 
ベースの宮永さんの同級生の三井さんと知り合って
 
その後、三井さんがやってた早稲田の「UPTOWN HOUSE」で無理やり働かせて頂いたり
 
水道橋の後楽園でやったライブの打ち上げに参加させてもらって
 
共演したロック・ステディ・バンド「DREAMRETTS」のメンバーと仲良くなったりとか
 
95年にハバナムーンをオープンしたのですが
 
その前の何年かは
 
その後の人生を形成する
 
とても重要な時期だったんだな。
 
その人間関係が
 
細々ながら続いてることに感謝したいですな。
 

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