2011.8.2 Vol.6 鈴木常吉&桜井芳樹

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いやはや
 
凄かったです。。。。
 
うまく言葉がまとまらないかもしれませんが、書き進めます。
 
 
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ここ数日、この気持ちをどうしようかと葛藤してた。
 
 
なんか自分自身が問われている気がするんです。
 
「おまえはどうなんだ?」って。
 
それについてどう答えを出していくか
 
覚悟があるのか
 
そういうこと。
 
 
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若い奴らはどう思うだろう?
 
こういうことって経験したことがあるんだろうか?
 
 
流れるがままに生身を削ってさらけ出されるものに
 
彼らは対応できるのだろうか?
 
 
全ては匿名で、仮想空間のもとに成り立つコミュニケーション
 
現実社会では参加することの連帯感だけで満たされてはいないだろうか?
 
決して「当事者」にならないスタンス
 
困ったら「遮断」「逃避」することによってかろうじて保つバランス
 
そんなに自分が大事か?
 
当事者になることはそんなに恐怖か?
 
 
だから問われてるんですよ。
 
「おまえはどうなんだ?」って。
 
 
そういうことをライブの後にずっと考えてました。
 
 
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勝手に進む演奏
 
どこで落ちつくのか全く解らない空間
 
いや
 
落ち着く必要などないのかもしれない
 
どこまで行けるのか
 
行ってみようなんてこれっぽっちも考えていないかもしれないが
 
行かなければいけない時というものは必ずあるのだ。
 
 
それはその「場所」というものが勝手に決めるのだ。
 
 
桜井さんのバンジョーとマーティンのギターの音色は
 
確実に常さんの唄をあらぬ方向に持っていった。
 
凝視する皆さんの目線は
 
確実にエネルギーを誘発していた。
 
僕は「酒」というカンフル剤をこれでもか、と注入した。
 
 
 
66年のボブ・ディランとロビー・ロバートソンは
 
固定観念に凝り固まったスノッブでスタイリッシュなイングランド人達を、木っ端微塵に打ち砕いた。
 
91年のニール・ヤング
 
湾岸戦争へのやりきれない思いを、エレクトリックギターのフィードバックの中にぶち込めて圧倒した。
 
 
2011年8月2日
 
第5福竜丸を含めれば、歴史上4度の被爆を経験した「ニッポン」という国に住み
 
3月11日から半年を経ようとしている我々だか
 
たかだか12坪の街の片隅の飲み屋で、30名ちょっとで経験したあの空間も
 
僕には先人の記録と同じだった。
 
「おまえはどうなんだ?」
 
って考えさせられることだ。
 
 
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昔はこんなライブが結構あった。
 
それとも感受性が強い若いときだったからこそそう思えたのかもしれないが。
 
 
最近はあっただろうか?
 
思い出した。
 
 
96年か97年に昔の場所のハバナでやった渡さんのライブだ。
 
「ベスト・ライブ」というCDに入っている演奏ではなく、その前にアオちゃんとクミコちゃんと浅見さんの4人だけでやったライブ。
 
 
実はこのとき
 
渡さんは入院していた。
 
で、突然
 
「ライブやらせてよ。一時退院するから」
 
って言ってきた。
 
始まる前から、異常に本人は緊張していた。
 
呑むものはウーロン茶。
 
でも始まる前に僕にひそひそ声でこう言った。
 
「あたかも酒を注ぐようにウーロン茶もってきてね」
 
だって(笑)。
 
酒を飲んでいない渡さんの凄すぎるギターと唄は
 
 
3時間以上にわたり、あの場にいた人達に語り続けた。
 
あの日、ライブで渡さんが最後に言った言葉は
 
 
「もう唄う曲がなくなりました」
 
でしたね(笑)。
 
あのときも思ったんだ。
 
「おまえはどうなんだ?」
 
って。
 
生身の人間がさらけ出すエネルギーを
 
我々は受け止めて応えなければいけないし
 
それを栄養にする体力を
 
我々は問われてるんですよ。
 
 
 
常さんと桜井さんも3時間に渡りこの場所で
 
生身をさらけ出してくれたと思う。
 
 
 
観に来ていただいた皆さんは
 
なにを感じただろうか?
 
皆さんは僕と同じ気持ちだろうか???
 
 
違っても全然いいのだけれど
 
なんか
 
心に残ってくれれば幸いです。
 
 
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終演後も、いつものように宴は続いた(笑)。
 
「出し切った」と思われた常さんだったが
 
まだまだ余力があったらしく(笑)、快調に酒は進んだ。
 
 
 
僕は飲むとくどい。
 
でも常さんはもっとくどい。
 
桜井さんも意外と実は。。。。。(すんません)
 
 
でも
 
これより遥かにくどかったのは
 
高田渡という人物だ。
 
 
「あれ」を嫌というほど経験した僕は
 
なんともない。許容範囲内です(笑)。
 
 
あんなおっさんの唄を
 
「渋い」「深い」「染みる」「なごむ」とかいってる奴らの気が知れないよ。
 
 
でも
 
くどいということは
 
生きることに愛情があることなんだと思う。
 
 
だから若い人達は
 
その先人たちのくどさを我慢して受け止めなさい。
 
 
僕らがそうしたように。
 
そのうち君らが歳をとったらわかるから。
 
 
ものわかりのいいふりしても得しないですから。
 
どうせ僕らも60歳過ぎたら元気なくなるから(笑)。
 
それまで受け止めてくださいな。
 
これも「系図」です(笑)。
 
 
そして常さん&桜井さん
 
ありがとうございました!!
 
義援金は9100円集まりました。
 
皆様いつもいつもありがとうございます!!!
 
 
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P.S.
 
常さん、快調に酒を飲むのは僕らとしてもやぶさかではないのですが・・・・・・
 
「ギャラ」だけはちゃんとしまっておいてくださいな。
 
一部がトイレの前に落ちてました。
 
大事な「生活費」ですからね(笑)
 
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