ハードオフ行田店
コロナ禍で身体に不調をきたしたのである。
当時の勤め先で支給された粗悪な不織布マスクのせいか、顔中に湿疹ができ
一年以上どうにもならなかったので、仕方なしに皮膚科に行って弱めのステロイド塗布薬を処方してもらっている。
丁度薬が切れたので、再度処方してもらおうと近くの皮膚科へ(まだ完治してないのです)。
ところが何とビックリの2時間待ち。。。。
しょうがない。時間を潰すしかない。
これまた近くに「エブリデイ行田店」というゲームセンターがあるのだが
ゲーム類を一切やらない僕は一度も入ったことがなく。
ここはクレーンゲーム専門店で、世界最大数の設置数なんだとか。
よくテレビにも出てるので、ご存じの方も多いかもしれない。
ちょっと中でも覗いてみようかな、なんて思ったのだが、どうせ結果はわかってるので(笑)今回も入店せず。
さて。
そうなるとやることはいつもと一緒。
農産物直販所と中古品物販店巡りだ。地回りですね、ホント。。。。
ということで少し足を伸ばして行田市長野にあるJA直販所でほうれん草を買い、ハードオフへ。
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ブースターが欲しいので、なんかないかなとエフェクターが入ってるケースを見ると奥に摩訶不思議な物体が鎮座している。
極小のギターアンプである。なんだこりゃ?
早速音を出してみる。全然問題なし。即購入です。2000円也。
これ、ダンエレクトロから出している「HONEYTONE」というものらしい。
とにかく小さい。通常の箱型ジプロックに入るくらいの大きさだ。
しかしまぁなんとも可愛いデザインだ。レトロアメリカンな感じがいいではないか。
音も意外としっかりしてるし、このサイズでもフルヴォリュームで鳴らすとかなりのもんである。
家でエレキをつま弾くのには丁度いい。
なかなか愛すべきギアをゲットです!!
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その後レコードコーナーに行くと、見慣れたやつが壁に鎮座しておる。
やたら綺麗である。
すぐさま検盤。
1972年発売、キング/ベルウッドの初回プレス。
それもジャケにやや日焼けがあるものの、盤も全く傷なしのニア・ミント・コンディション!!!
買うしかないよな(笑)。3000円也。
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実は系図の初回プレス、これで3枚目。リマスタリングCDをいれると4枚所有していることになる。アホか。。。。
前回オークションで購入したのもかなりのミントだったのだが、残念ながら歌詞カードにコード譜の書き込みがあったり(それも中古品の魅力のひとつではあるのだが)
今回は歌詞カードも完璧。折れ、しわのひとつもなし。
並べて3枚を比べてみると、経年変化でそれぞれの紙焼け具合が違ったり、裏ジャケの渡さんの親族3人が映る写真も影の濃淡具合が微妙に違ってるのも新たな発見(印刷工程の問題かな?モノクロの影の濃淡で言えば、ビートルズの「WITH THE BEATLES」があるが、あれも随分個体差がある)。
期せずして同じオリジナル盤を3枚も所有することになったが
また見つけたら買っちゃうんだろうなぁ。。。。。。。
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ハードオフ行田店、レコード売り場が結構ヘンテコでね。
あがた森魚さんと西岡恭三さん、加川良さんがやたら充実してて高額なのだな。
シバさんの「青い空の日」もあったけど、再発盤が4000円。ちょっと高すぎるなぁ。URCのオリジナル盤だったら迷わず買うけど。
きっと社員にその手の好きものがいるんでしょうね(笑)。
そのうち僕がずっと探し求めてる2枚
小坂忠「ありがとう」、ケニー井上「LAZY BABY KENNY」が出てこないかなぁ~。
出せても5000円までだけど。
さてさて、と。
あすなろ三三七拍子
自分でもびっくりするくらいに、飽きもせず重松清の小説を読み進めている。
既に60冊を超えた。
それでもまだコンプリートではない(笑)。2/3はいったのかな?
大体、テーマは何パターンかの繰り返しなのだが(すみません)、その都度切り口が違ったり、構成が実に多層的だったり
全く飽きないですな。多分文体が好みなんだと思う。
あとはどんなに悲劇的なストーリーでも、最後は絶望で終わらせないところ。
そして物語のその先を読者に余白として与えてくれるところが、氏の「生きるという事」への絶対的な愛を感じるんですよね。
そんなわけで、大好きなのであります。こんなにはまるとは思わなかったけど(笑)。
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今日読了した「あすなろ三三七拍子」
今まででベストだったな。これは何度でも読みたいな。
先週読んだ「赤ヘル1975」も相当良かったけど、ね。
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ドタバタ喜劇が好き。
そこに市井の喜怒哀楽があって
多分なツッコミどころと、チリチリする切なさ
いろんなことひっくるめて人生なんだよな。
「男はつらいよ」は勿論大好きだけど、全作品まだ観終えてない
でも「寺内貫太郎一家」は1&2全部観てるな。
・・・・・まぁ、その世界観でしょうね。所詮私の心が異常に動くのは。
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「あすなろ三三七拍子」
旧態依然とした、理不尽極まりない大学の応援団が舞台。
そこに中年男性の悲哀やら、「応援」という行為を通して生きていくということのヒントがいろいろあってね。
まぁ、読んでのお楽しみだな、こりゃ。
この間、相模湖でハッチと話してたけどさ
「理不尽」も体験するとそれなりにいいこともあるもんなんだよ。
それはそれで妙に説得力があったりする。
避けずに一回体験するといいよ(笑)。
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母校の大学にそれほど感情移入はないのだけれど
当時の神宮球場は外野に客席がなくて、芝生だったんだよね。500円で入れたかな?
一升瓶を持ち込んで、そこで寝っ転がって応援席を眺めてるのが凄く好きだったなぁ。
そう。応援団が好きだった。独特な文化だよね、あれは。
入りたかった?
いや、絶対に嫌だよ。
でも入れられちゃったら、無茶苦茶はまってたと思いますね。
なんとなくそういう自分が想像できます(笑)。
外出
気がついたら2週間、町から出てなかった(笑)。
スーパーに買い出し行くだけ。
灼熱地獄も終わったみたいだし、台風も過ぎたので久しぶりにサイクリング。
いつもの荒川土手を通って、隣町の吉見の道の駅へ。
他に行くところはないのか?
ない(笑)。
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昼飯はそこそこ有名らしい「四方吉うどん」へ。
本当は蕎麦食べたかったんだけど、本当に何にもない吉見町にその選択肢はない。
いわゆる「武蔵野うどん」。太くてコシがあるやつ。
久しぶりに食べたけど、やっぱり好みではないなぁ。。。
うどんはそこそこ細くて、のど越しが良くて柔らかいのが好きだ。
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帰り道
荒川の土手から見える建造物があって、ずっと気になってたんだけど、どうやら完成したらしい。
前からここに看板が出ていてね。
なんと、ここにウイスキーの蒸留所を建てるというのだ。で、遂に完成したという訳です。
埼玉で蒸留しているウイスキーといえば、かの有名な「イチローズ・モルト」を輩出した秩父のベンチャー・ウイスキー
その元となる羽生の東亜酒造(武州、武蔵)
ということで、ここが3つ目となります。
無茶苦茶気になるので、帰ってから調べてみた。
会社名は「光酒蔵」。
CEOはなんとマレーシア人。
海外資本で大規模展開を図ってるのかと思いきや
従業員はCEO含め3人だけ!!
なんとも興味をそそられるじゃないですか。
こんなにクソ暑いところで、まともなウイスキーが作れるのか?
初出荷は2025年を予定してるのだとか。
楽しみでしょうがないです。
場所は戦国時代にあった小谷城の跡地。
・・・・ん?
知らんがな。地元でも知らないよ。
この蒸留所が初めて取材を受けた記事がありますのでご興味がある方は読んでみてください。
http://whiskymag.jp/hikari_01/?fbclid=IwAR1GNd-aT3M49Gp2v5uisNIXHlMhIQJZJbC6rJw96oJ4u62evwazbLADip4
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帰りは我が母校、吹上高校の横を通る。
僕は2期生。1981年入学。
25年を経てあっという間に廃校になって、今は定時制高校になってる。
40年前に必死になってボールを追いかけたテニスコートを見ちゃってさ、普段やらない自撮りを敢行。
ちょっと胸がキュンとなったんだよ(笑)。
ウララ
嗚呼
気がついたらまた大相撲が始まってしまう。
9月場所が始まったら、2週間の間毎日2時間半テレビの前に釘付けになってしまう。
相撲観戦を口実にまた働かないのだ。大丈夫か、俺は(笑)。
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石浦っていう力士が好きで、最近は怪我でどんどん番付が下がってしまい(現在幕下10枚目)
それを確認するため、相撲協会の番付表をボケ~っと見てる時に出会ってしまった。
あまりにも顔にしまりがない力士
その名は森麗(もりうらら)。
僕が知らなかっただけで、相撲通にはかなり有名、らしい。
現在序の口6枚目。最高位は序二段56枚目。。。。
弱すぎるので、何度かテレビでも紹介された、らしい。
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現在35歳。大嶽部屋所属。
中学を卒業して大鵬部屋に入門。だから20年この世界に居る。
38場所連続負け越しという昭和以降のワースト記録を持っている。
しこ名は高知の地方競馬で1勝もできなかったあの「ハルウララ」にあやかったそうで。
何度も師匠から引退勧告をされたらしいのだが、
その度に「辞めたくない」と涙ながらに訴えた相撲愛に満ちた人、らしい。
今売り出し中の大鵬の孫、王鵬が小学生時代に相撲をとったら負けた、らしい。
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とまぁ、Wikipediaだけでもこれだけの情報が得れたら興味が増しますわな。
で、いろいろネットで調べてみる。
森麗、めちゃくちゃ愛されてるんだよな。
部屋の連中にも、もちろん相撲好きにも。
ちゃんと居場所が確保されてるんだよ。それは凄いことだよ。
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勝ち負けと違うところで存在するものがあるんですよ、スポーツは。
僕はサッカー好きで、大宮アルディージャのサポーターなのだが
近年は酷い有様でね。今年もJ3降格ギリギリの戦いを強いられているのだが
勿論、今のフロントとかには思い切り文句はあるんだけど、下のカテゴリーに行こうともサポートする気持ちは変わらないんだよね。
そういうのって「強いから好きになった」っていう人にはわかんない感覚なんだろうけど
負け続けてるからこその1勝の喜びたるや、ね(笑)。
僕の年代だとV9時代の巨人ファンね。こういう人たちとはとにかく話が合わない。
でも今の様をみるとそれも可哀想か。
ようやく俺たちの気持ちがわかったか。遅いんだよ。ざまあみろ(笑)。
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そのカテゴリーごとにいろんなドラマがある。
それがまた面白いし、ますますその競技の魅力に引き込まれるんだよな。
去年24歳で引退した服部桜。90キロにも満たないガリガリな身体で残した成績は
3勝238敗。
でもその3つの勝ち星のどれかを見届けることができた人は忘れることができないだろうな。
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大相撲の世界は奥が深い。
力士だけじゃなくて、行司、世話人、呼出などなど知らないことだらけ。
とにかくマニアックに物事を突き詰めてしまう癖がある僕としてはちょっと怖いのだ(笑)。
森麗の取り組みをナマで一度は観たいな、と調べたら
序の口の取り組み時間は朝の8時35分からだそうで。。。。
でも15日間、朝から9時間ほど毎日あそこで過ごす人って絶対何人もいるんでしょうねぇ。
大宮駅前の大衆酒場「いずみや」で開店からバッチリ呑んだくれてる年金生活者のおじちゃんと変わらないなぁ。。。。。
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ABEMAに入ると全取り組みがネットで観れるらしい。
そこで午前中の取り組みに僕が映ってたら
「嗚呼、遂に世捨て人になったな」
と思ってください(笑)。
*写真は全てネット上からお借りしております。ご了承くださいませ。
*森麗や服部桜の取り組みはYouTubeにいくつかアップされてますので、是非ともご覧ください。
POPEYE
雑誌「POPEYE」を買った。
学生時代以来、35年ぶりか?
いや、バブル絶頂期の僕の大学生時代なんて、この雑誌は「イタ飯」とか「DCブランド」とかに特化してたはずだから、かけ離れた生活をしていた僕が買う訳がなく
だから、もしかしたら初めてかもしれない。
なんで買ったかというと、知り合いが何人か出ていたから。
最初は立ち読みで済まそうと思ったんだけど、文字のフォントが小さすぎて、その場で読めなかったんだよね。
これは「作戦」なのかもしれないな(笑)。
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「Magazine for City Boys」と書いてあるんだが、最近のポパイはそういうコンセプトらしい。
今回の特集も「シティ・ボーイ、はじめて1人でバーに行く」
そうか。「シティ・ポップ」といい、今は「シティ」がトレンドなのか。。。。
気持ち悪いな。
時代は巡るというが、まさか80年代が戻ってくるとは思わなかったよな。
Tシャツ・インとかリアルな体験をした(やってた)バブル時代の自分には耐えられないけど。
まぁでも、若者がそれがヒップだと思うのは否定するつもりもないし(どうやらK-POPの影響らしいが)
まぁ、いいか。目くじら立てる問題じゃないわな(笑)。
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で、雑誌の内容。
お酒の知識に関しては、かなり高レベルで網羅している。
僕が生活の糧としていたバーテンダー(?:お酒を提供する人)20年の経験は、
カクテル、リキュール、ウイスキー、ラム、そしてグラスの選び方まで
この雑誌に大体満遍なく紹介されてます。
でもね。
「外で呑む」っていうのは酒の知識じゃないからね。
そういうのは後付けです。なくてもいいくらい。
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まぁ、若いうちは恥をかいてくださいよ。沢山ね。
カウンターの中の人間は、物凄く冷静に人物観察してます。
一発でわかるよ、その人となりが(笑)。
背伸びしようとしてる若者には結構寛大ですよ。自分もそうだったからね。
で、失敗する。間違いをどうやって本人に気づかせてあげるかがそのバーテンダーの腕の見せ所かもしれないな。
勿論、気がつかない奴も沢山いるし
こちらも相手のことを想い図れなくて理不尽なお別れをしたことも沢山ある。
お互い勉強の場所かもしれないな、呑み屋って。
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お店が100軒あったら、100通りのお店のルール(やりかた?)があって
それがあなたに合うかどうかなので、万が一無碍にされてもそれほど問題ではないです。行かなければいいだけ。
でも、その店になにか引っかかるものがあったら、是非とも何度か足を運んでみてください。
上手くいけば縦の関係(お店とあなた)だけじゃなくて横の関係(常連さんたち)もできます。
そうするといろいろ広がるよ、人生が。
それが呑み屋の、カウンターの醍醐味だな。
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独り呑みを始めたのは25,6歳かな?
勿論、数えきれないくらいの失敗を重ねております。
29歳で自分の店を持って、カウンターの中の人間になったけど
たいした経験ないからさ。毎日が戦いですよ。何が正解なのか、まったくわかんないからね。まぁ、これからもそうだろうけど。
でもいいお客さんに恵まれたんだよな。今思うと本当にそう思うよ。あんな面倒くさい店にわざわざ来てくれたお客さんに育てられたんだよね。
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ずっとカウンターの中にいると、わかんなくなっちゃうことが沢山出てきて。
だから店を辞めて「外の世界」を見ることができた6年は貴重な体験です。
僕の人生は「カウンター」なんですよ(笑)。
そこが自分の居場所。
長年店を継続している方々には尊敬しかない。
でも外に飛び出した自分は「プラスα」を頂いたわけだから、世の中に還元しないと。
いい店、できる気がするんだよね(笑)。
あとは物件だけ。もう1年半探してるんだからさ、そろそろ、ねぇ。。。。。
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56歳か。いい歳になったなぁ。
酒を通していろんな人と繋がることができた。
いろんな人生の先輩の背中を見てきた。
カッコいいなぁ、そういう人になりたいなっていうのがあってね。
その空間に同化してて置物のような呑み方してる人。
「寺内貫太郎一家」で篠ひろ子が営む居酒屋のカウンターの一番左隅で、
黙って徳利酒をたしなむ横尾忠則まではいっちゃいけない
手前くらいな粋人(笑)。
あれを完全にオマージュしてた「深夜食堂」のオダギリジョーじゃダメなんだよな。
・・・・こんなこと考えてる時点で呑んべえ失格だな・・・・・・
ミー
考えてみたら、実に不思議な2ヶ月間だった。
幻だったんだろうか?って思ったり。
でも、それは現実なはずで
僕の2ヶ月はほぼそれにかかりっきりで
そう、そいつは突然現れたんだ。
********
畑や田んぼが多いうちの周辺には現在10匹くらいの野良猫が生息していて
周辺の何件かの農家はエサをあげてたりする
うちの庭もいろんな猫の通り道
野良猫の顔も大体覚えるもんだ。
おーい、元気でやってるか?
そんな感じでつきあってきた。
出汁を取り終えた煮干しは、野良猫のご褒美に外に出してあげてたので、それで通り道になったのかも。
東京にいるときに僕も猫飼ってたのでね。大好きなんですよ、猫。
そんな感じで野良猫とつきあってきた。自分なりに、ね。
********
6月の頭だろうか
見慣れない子猫がうちの庭にやってきた
生後3ヶ月くらいの黒猫
周囲に黒いのはいなかったから「あれっ?」って。
近づいても触ろうとしなければ別に逃げるわけでもなく、こっち向いてミャーミャーと
それが10日ほど続いた。
ある日、ゲリラ豪雨が来るということで、その小さな黒猫の事を思い出した。
「さすがに逃げ場がないときついだろうな」と
庭にある物置の引き戸を少し開けておいたのだ。使ってない毛布を中に入れて。
豪雨が去った翌日の朝、玄関を開けて庭に出てみると
物置のその隙間から、小さな黒い塊が勢いよく飛び出してきた。
こっちを見据えながら「ミャーミャーミャー」と甲高い声。
しょうがないよ。迷わずエサを買いに行ったよ。
それが始まりだ。
*********
お腹がすくとふらっと現れてミャーミャー
満腹になるとどこかへ散歩
そのうち、庭でくつろぐことが多くなった。
毛づくろいとか、お腹だしてゴロゴロしてたり
ある日気がついた。
「乳首出てきて、張ってないか?」
メスだった。
ネットで色々調べたが、結論としては妊娠している可能性が高い、と。
ちなみに猫は物凄く繁殖力が高い動物で、妊娠から出産までは約2ヶ月だそうで。
********
どうするかは置いといて、とりあえずは動物病院に連れて行かなければ。
しかし、こいつは野良猫なのである。
その時点で一切身体に触れさせてくれないのだ。手を伸ばすとさっと逃げてしまう。
地道な戦い。餌をあげるタイミングでちょっとづつ触れ合った。
絶対に止めとこうと思ってた家の中にも入れるようにした。
黒猫を抱きかかえられるようになるのに2週間以上。
その間にも目に見えてお腹は大きくなって、乳首はますますピンク色になっていったのであるが。。。
*********
ようやく近所の動物病院に連れていけたのは7月の後半。
野良猫との向き合い方をいろいろご指導して頂いた。
その後、近所で猫に餌をあげてる家にもご挨拶に行った。
その家の飼い猫だったら嫌だったので、ね。
*********
ご挨拶にいった餌をあげている家では、できる限りは自費で避妊手術はしてるのだが「間に合わない」場合
「行政の指示」に従っているそうだ。
まぁ「殺処分」です。
「だって無理だよ。増え過ぎちゃうんだからさ。面倒見れる、あんた?」
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ここではこの問題について詳しくは書かないけど
地方自治体によって野良犬野良猫への対応は様々である。
埼玉県は相当遅れてるって言わざるを得ないかな。
調べればすぐわかるから、興味がある方は是非いろいろ検索してみてください。
こういう身近な問題に対してどういう対応をしているのかが本来の「政治」なんだよって
最近凄く思ってます。
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とにかくだ。
気持ちは固まった。
殺処分はさせない。ここで生ませる。母子ともにまずは命を守る。
*********
8月2日の深夜。日をまたいで3日の1時くらいかな。
居間の雨戸の向こうから声が聞こえた。
餌をねだるいつもとは全然違う訴えるような鳴き声
これはただ事じゃない、と急いで玄関を開けて彼女を迎え入れた。
餌を食べ、水を飲み
いつもならそれで落ち着くのだが、その後彼女は家の中のあらゆる場所をうろうろし始めた。
約3時間。多分、産む場所を探していたのだろう。
かとおもうと近寄ってきて僕の指を舐めまわしたり、甘噛みしたり。普段やらない行為だ。
覚悟はできていた。気に入った場所で生ませようと思ってた。
朝の4時くらいだろうか。彼女は玄関で外に向かって鳴き続けた。
玄関の引き戸を開けると、暗闇に消えていきそのまま戻ってこなかった。
*********
軽く寝てから朝、外に出た。
いつもは玄関を開けると餌欲しさにすっ飛んでくるのだが、その日は結局姿を現さなかった。
どこか居心地のいい場所を探して無事に出産してますように。。。。
*********
8月4日
朝起きて、いつものように玄関を開けた。
すると
いつものように、小さな黒い塊が飛び出してきた。
ミャーミャーミャー
物凄い勢いで餌を食べ始めた彼女はゴロゴロと僕に甘えてきて
それに飽きると屋根に上って毛づくろいしたり
でも物凄くスリムな体形になっていて身軽に飛び回ってるのだ。
え?産んだの??それとも丸一日餌を食べなかったから痩せたの??
一通り遊び終えると、彼女は家の裏に向かっていって
空き家になってる隣の家の空調機の隙間の草むらに潜り込んだのだ。
恐る恐るそこを覗き込んでみると
そこには、か細い声で鳴く5匹の子猫と、それを大事そうに抱え込む彼女がいたんだよ。
なんだか不思議と涙が出てきちゃってね。。。。。
*********
子猫が乳離れするのはおよそ1ヶ月ちょい。大体2週間で目を開けるようになって、そこからはウロウロと動き出すらしい。
野外は危険がいっぱいだ。カラス、車、考え方が違う隣人。
子猫は里親を探すつもりだった。
親猫は乳離れしてから避妊させて、今考えられるのはそこまで。
僕が飼えればいいのだが、今の埼玉の環境下にずっといる訳でもなく
店を再開したら、ほぼ寝るだけに帰る狭いアパートに野良猫出身を居させるのは彼女にとって幸せなんだろうか?
そこがずっと引っ掛かってた。
何人かの友達に里親相談をした。
以前飼っていた、大好きだった黒猫オサム君を世話してくれたトリマーのM女史が、保護活動をしている動物病院の先生を紹介してくれた。
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8月11日
親猫を含む計6匹を先生に保護して頂いた。
子猫はともかく、あんなにキャリーバックに入るのをおびえてた彼女が
ビックリするほどすんなりと入ったんだよね。
野良猫が保護されて、今まで好き勝手やってた奴が屋内で大丈夫なんだろうか?
でも、その後先生から送ってもらった写真の彼女は
僕が見たこともないくらいな、とてもリラックスしてストレスフリーな表情なんだよ。
あいつ、僕の前に出てきてからこうなるのわかってたのかもしれないな。
腹立つな(笑)。
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これが僕のこの2ヶ月間で起きた一番の出来事。
ほぼこれ。
保護してもらうまで、子猫5匹の命を繋げることができてホッとしてる。
今でも朝起きて彼女の姿を探してしまう。
いわゆる「ロス」なのだが(笑)
それも僕の問題なのでね。時間と共に超えていかなければならないことだけ。
彼女のファミリーが、とにかく穏やかにこれからを過ごしてもらいたい。
それだけです。天から与えられた人生(猫生か)を全うしてね。
相談に乗ってくれたM、保護して頂いたH先生
本当にありがとうございました。そしてよろしくお願いいたします!!
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地元の動物病院に連れて行くとき、問診票に記入しなければならないので
「ミー」と名付けた。
たった2ヶ月だけだったけど
家族だったなぁ。