旅に出る その1
絵文字に死す
タコ
左手の中指
そこの第1関節のちょうど上くらいにデッカイたこがあるのだ。
なんでこんなとこに?
これは「グラス磨きだこ」。
ここにグラスの底辺を斜めに当てて、右手に持ったクロスはグラスの中側へ。で、高速で回す。
ふき取るというか、水分を飛ばすイメージだ。
グラスの中側を素手で触ることは絶対にない。手の脂分を移さないようにする。
炭酸を注ぐとすぐわかる。
脂で汚れたグラスは妙な気泡が出てくるんだよね。
勿論、洗うスポンジもグラスとお皿は分けている。
お客さんの席からグラスを下げるときも中をつまむことは絶対にない。
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これは28年前に師匠のチャーリーさんから教わってかたくなに守っていることだ。
チャーリーさんからは本当にいろんなことを学んだ。
そう。
普通の人からすると些細な事
というか気にしていないことを気をつけるのが飲食の流儀なんだよって。
バックカウンターに並べたボトルのラベルの向きは全部合わせなさいよ、とか。
グラスをバックカウンターに置く際は口を下にしちゃいけないよ。マメにグラスを洗ってない証拠だよ、とか。
前にも書いたけど、お釣りを渡す際にはお札の向きはお客さんの方に向けて揃えてね、とか。
とても些細なことばっかりなんだけどさ。
チャーリーさんが言う理由はただ一つ。
「だってそっちの方が気持ちいいでしょ、お互いに?」
それに妙に納得した27歳の僕は
まぁ頑なに守ってるだけなんですけどね。
「そりゃそうだ」って思えることは
実は人生の中でそう多くはないんだよ。
だからチャーリーさんに教わったことは大事にしていきたい。
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最近まで僕の左手にはもう一つデッカイタコがあったのだ。
薬指のつけ根にそれはあった。
5年ほど勤めた前職では、2~300キロくらいある段ボールが載ったパレットをハンドリフトで運びまくる業務だった。
かなりでかいタコができて
いかにも肉体労働者としての体が出来てきた手だったのだがね
あの仕事を辞めて3ヶ月も経たないうちに
それはあっという間に消えた。
不思議なもんです。
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それでも僕の中指第一関節にあるタコは消えない。
たかだか何十グラムのグラスの重みがかかってただけなのだ。
それも現場から離れて6年も経とうとしている。
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固くなるとグルグルって角質をはがしたりしてるのだが
それでもまた元に戻る。
無意識に左手親指でタコをまさぐってるのがすっかり癖になった。
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そう。
現場復帰を企み始めたのはこのタコも一つの要因だ。
僕の身体が求めてるんだ。
「もっとグラス磨かせてください!!」って。
だから君は消えないんだろう。
それが僕の天職なんだろう。
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今までどれくらいのグラスを磨いてきたのか
それはどうでもいいが
あのタコにグラスを傾けて磨きながら
お客さんの話を聞いてるあの風景
毎日どんな話が出てくるかだれも予想は出来ないけど
あれが僕の「日常」だ。
6年かかったけど
ようやく落としどころが出来た。
つくづく面倒くさい人間だなと客観的に思うよ。
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お~~~~~い
物件!!!
早く出てきておくれ!!!!(笑)。